End Of Summer


 ある人が言った、「1年て、要は3日しかないんだよな」
 もうひとりが、それを受けて「残りの362日は、まあ余暇みたいなもんだからな」と言った。
 3人めは全然関係ないところで「みじかい夏は終っただよ」という曲を歌う。


 そんなふうに苗場での3日間を反芻したり、気の早いことに同じ場所での来年へ、もう熱心な思いを馳せたりしながらぼんやり日々を過ごしていたら、あっというまに10日が経ってしまっている。10日といえば、Fuji Rock が前夜祭も合わせて3日と1/3くらいなわけだから、ちょうど3倍ということで、なのにあの強烈で濃密な3日間の流れ方と、その後の10日間のあっというまな過ぎ方は、ほんとびっくりするくらい違くて、時々つまづいたり戸惑ったりしてしまう。

 何も考えずに――というより、次は何を食べて、どのビールを飲んで、どこへ移動して、何を見ようか。雨は大丈夫かな。ちょっと暇んなったから適当にそのへんぶらついてみようか――そんなことばかり朝から晩まで(或いは、晩を通り越してさらに次の朝まで!)延々考えていれる、そういう以外の余分なことを一切考えずに過ごせる時間の、その圧倒的な「広がり」はやっぱり、わかってはいたけれど、わかっていた以上に強烈で濃密な喜びに満ちていたんだった。


 Fuji Rock はやっぱり特別だなあ、と思う。

 どう特別かを言葉にするのは難しい。難しいけど、しようと思えばなんとかできなくはなさそうだけど、でもしません。なぜなら Fuji Rock 中は無駄にバイタリティの塊みたくなってる(つもりの)俺だけど、終ってしまって今もう絶望的に腑抜けっていて、腑抜けっている俺はとても面倒くさがりなので。家ん中で面倒くさがりな俺は、面倒くさくないことしかしない。思いだしたり、聴いたり、思いだしたものを語ったり、交換したり、思いを来年へ馳せたりするのは面倒くさくないので、する。ていうか結局、そしたらそればっかしている。

 今から来年へ気長に思いを馳せていても、来年の今には、その特別がまたぼくらを出迎えてくれるのだから、ほんとになんていう幸せでしょう。


 苗場の初年度(=1999年)から行っていて、今年で9回めになる。1回めんときはほんとに何も知らなかった。タイムテーブル見ても知らない横文字ばっかだった。それでよく行こうと思ったよなあ、という気もするし、そのときの決断が今の自分にとってもう、なくてはならないもんになってるんだからほんとでかした! 9年前の俺、偉え! と思う。Hi-STANDARDeastern youthPolysicsPEALOUT が見たかったんすよね。洋楽なんて全滅で誰もわかんない。今だったらきっと「Rock In Japan でいんじゃね?」で終ってる。でも1999年に Rock In Japan はまだなかった。で、なんかノリで苗場へ。そしたら大袈裟でなく、そこで確かに人生は変った。

 Underworld さえ名前も知らなかった。たまたまふらっと行ったホワイト・ステージで、ちょうど「Born Slippy」だか「Rez」だかやってて、ピシャーンてやられた。洋楽だのテクノだの、それまで全然知らないし興味も特になかったしで遠ざけるでもなく遠ざかってたらへんへ、一気に引きずり込んでくれた瞬間がそれ。今んなっては笑い話にすら聞こえてしまうかもしれない。「Born Slippy でテクノに目覚めました!」だなんて、ど真ん中すぎるにも程がある。「ベッタベタです・・・」と誰かは涙を流すだろう、「しかし・・・・・・オッケーです!」

 ・・・オッケーでした、もう余裕で。


 そっから興味が広がったり広がりすぎたり拡散してわけわかんなくなったり行ったり来たりぐるぐるしたり、いろいろしながら9回めの Fuji Rock んなって、今年なんかは第何弾かの発表があんまりすごすぎて狂喜乱舞とかしてた。大好きな人、まではいかなくても好きな人、あんまし知らないけど見てみたい人、名前は聞いたことあって音もなんとなく想像つく人・・・度合いは様々だけど、タイムテーブルで7〜8割は見当がつく。激戦区には見たいのばっかで身体が足りねー、なんて悲鳴まで上げるし、上げれてしまう。それが嫌だとか悪いというわけじゃ勿論ないし、楽しみが多いのは楽しいし行動も立てやすいし良いんだけどさ、けどやっぱり、なんかちょっと物足りないっていうのもないわけじゃなくて、それは結局1回めんときの、全然名前も知らない外人のステージを、気と暇の向くままにぐるぐる回ったらどれもこれもうおー! すげー! ていう未知の衝撃というか、偶然でマジカルな出会いの連続みたいのが、どうしても自分にとって圧倒的すぎたせいで。

 だからそういうのがやっぱりほしくて、求めてしまうし、求めたいと思う。そして求めたいと思えば、きっちり与えてくれるのもまた Fuji Rock のマジックだと思うわけで、だいぶ遠回りしたけど何が言いたいかというと、ぼくにとって今年のマジカルが Elana James and Hot Club of Cowtown だった、という話です。初日のその時間帯はもともと Damien Rice が超見たくて超楽しみにしてたんだけど残念ながらキャンセルで、じゃあなんとなく名前の響きが気になってた(という、ほんとにそれだけの理由で) Elana さんを見にアヴァロン・フィールドへ行ってみたらもうね、これがすごすぎた。


 フィドル、ギター、ウッドベースていうスウィング・ジャズのトリオなんですけど、それぞれがバカみたいにうまくて3人の息もぴったしで3人とも超素敵な笑顔ですっごい楽しそうでノリノリでアゲアゲで最高だった。アヴァロンなんで最初はみんな座ってまったり揺れたりしながら聴いてるんだけど、あんまり空気が良いせいで1曲ごとにひとり、またひとりと立って踊りだしてって、最後にはオール・スタンディングでアヴァロン全体が飛んで跳ねて回ってた!

 心の底から楽しかったし、あの「場」の、あの「空気」が、例えばさっき特別って言ったその1つだったりもして、じわじわと場が温まり、熱くなり、そして沸騰するあの昂揚は、なんていうか神妙にさえ感じれてしまう。同じ種類の昂揚をライブハウスで経験することができないか、と言われれば絶対無理とは言い切れないけれど、あのロケーションやシチュエーションが増幅装置として強烈に作用しているところはやっぱりすごい大きくて、よりいっそうの特別さをつくりだしているように思う。

 それは単に「祝祭感」て一言で括れるようなものだけじゃなくて、プラス何か、まったく客観的な言い方ではないけど、なんかあるんすよ、きっと。強烈な磁場みたいのが――もうちょっとだけ細かく言えば、それは「場」そのものというより、そこにいて、それを愛する人たちの内側に、ということでしょうけれど。


 Peace In Love Percussions も良かった。名前のまんま、ひたすらタイコばっか叩きまくってるセネガルの陽気なおっちゃんたちで、一昨年も来てたけどそんときはタイコの上で歩くとか逆立ちしたりアクロバットな「見せる」部分も大きくて、けど今回はメンバーもちょっと違ってたかな? ショウの要素はやや控えめで、もっとシンプルに(といっても火ぃ吹いたりとかしてたんだけどね)タイコのリズムと響きで楽しく躍らせてくれた。アヴァロンはなんていうか妙に控えめな感じだし、あんましそうがっつり行きたい感じじゃないんだよね・・・とか事前は言ってたくせに結局、初日の見たうち半分がアヴァロンだったりします。いいかげん。

 Elana James and Hot Club of Cowtown があんまり楽しすぎたんで、その日の夜や翌朝、会う人に会う人に「Elana すごいよ Elana!」てオススメしまくって2日め @オレンジ・コートも当然参戦。したら、これまた当然楽しすぎるし。パラついてた雨も途中で引いて、最後は太陽の照りつける下でオレンジ中の大喝采。「奴らの演奏が雨雲も吹っ飛ばしたよな!」「間違いねえ!」とかって盛り上がったり。3人ともすごいんだけど、とにかくもうウッドベースが変態的にかっこ良すぎて惚れ惚れ、気づけばずっと見とれてしまう。Jake Erwin ていう人。時折見せるはにかんだ笑顔がまたね、もう・・・(今サイドバーに貼ってる写真が Jake さんです。ほんとすっげえよ彼、アイドル!)


 2日めでアイドルといえば、同じくオレンジで見た Feist さんも超可愛くて歌も声も素晴らしかったんですけど、なんつっても忘れれないのが Deerhoof @苗場食堂! 今年 も最高のライブいっぱい見れたし Yo La Tengo も Battles も V∞REDOMS も何度となくブッ飛ばされまくったけど、ベスト・オブ・ベストを選べっつわれたら迷わず――や、ちょっとはまあ悩むけど、やっぱりでもこれ以外ありえません。3日め朝のホワイトへも当然駆けつけたし勿論すごい良かったけど、だって2日め夜の Deerhoof はもっと最強でマジカルにミラクルってたんだぜ。あのちっこい苗食のステージで、マイクとベースとギターとドラムと、質素なアンプとスピーカーと。最少のセットで、最強の渦とうねりを、手の届くくらい目の前でがしがし生み出してくんだ Deerhoof すっげえ台風みたく!

 サトミさんのキュートでキッチュも勿論アイドルばりばりだけど、それに負けじと Greg Saunier のドラムってばもう。タイコがバスとスネア、シンバルがハイハットとクラッシュ・・・ていう、たった4つのシンプルきわまりない――というかタムすらないんで、シンプル未満の――極少セット(このときは苗場食堂であんまし派手なセットを組めないから減らしたのかと思ったら、翌日のホワイトも同じだったんでびっくりした)を、鬼の連打で叩きまくりで死ぬほどかっこいい。スネアの音がスコーンといい具合に軽く抜けてて特に刺さる。CDの印象と全然違くて、とにかくもう全身全霊の大振りで連打、連打、連打、音の質感とかも含めて Lightning Bolt の Brian Chippendale みたくて。合間合間でサトミさんのキュートなモーションに悩殺されつつ、あとは殆どずっと彼のドラムに釘づけっぱなし。


 勿論3人のアンサンブルも完璧で、Deerhoof の曲って部分部分でわざとヨタるとことか多いんだけど、アイ・コンタクトもなしに(する間もないくらい一心不乱で叩きまくってるから)よくまああんだけピタッと合わせれるもんだよな・・・と何回感心したかわかんない。あとやっぱり緩急のつけ方がむちゃくちゃ上手いんだよね、ほんと面白いバンドだと思う。人柄の柔らかさの、まんま滲み出てる Greg さんのカタコト(だけど妙に流暢な) MC も大好き。

 こう書いてみると、サウンドは全然違うけど Elana James and Hot Club of Cowtown と Deerhoof てなんか妙に共通するとこ多いような。HCOC の Whit Smith も、なぜかやたらと流暢な日本語だったし(Greg さんのはバンド・メンバーに日本人いるし不思議じゃないけど、Whit さんは謎に上手すぎ。なんなんだろあれ・・?)


 そろそろ気力が尽きてきたんで3日めについては駆け足で。さっきの偶然でマジカルな出会い、とかの話でいうと、上原ひろみさんの Hiromi’s Sonicbloom は嬉しい誤算のひとつでした。なんか小洒落たバーとかでかかってそうな、シックでお上品なピアノ・ジャズ・・・みたいのを勝手に想像して別にいいや、と敬遠してたら、がっつんがっつんにハードコアでプログレなドかっこいいジャズで驚き慄く。安易な決めつけはよろしくねえな、反省。すごかったっす。Battles〜Soul Flower Union らへんは文句なし。V∞redoms は、神と宇宙を見た。


 本当に濃密な3日間だったので、まだまだいくらでも書けるし、いくら書いてもきっと書ききれないんだろう。今年は9回めにして初めて、テントでなく宿に泊まっての Fuji Rock だったこともあり、今までとまるで違った見え方や、過ごし方もだいぶ変わって後々けっこうターニング・ポイントたりうる3日間だったようにも思う。

 いろんな人にも会えた。ほんの一瞬すれちがって挨拶を交わしただけの人もいれば、4年前からフジで会いましょう会いましょうって言いつづけて結局なんだかんだ毎回ダメで、もうそろそろあきらめかけてた今年になって、意外なつながりですらっと会えた人とか。浪人時代のクラスメイトのひとりとは、大学以降お互い連絡先も知らないし普段なんの接点もないけれど、毎年 Fuji Rock のたびに絶対どっかしらで会って「おー今年もか!」「元気そうだねー」「じゃ、また来年!」て腕を交わして別れるのが恒例。で、やっぱり今年も会えた。来年もまたそうに違いない。


 つまり彼とは予備校を出て以降、次に会うのが10回めで10年めになる。フジ七夕ですよ。面白くて、素敵な偶然。こういうのは好き。たまたま知人とすれ違うのとかわりとあるけど、にしたってなんの連絡も取り合わずに、1回も欠かすことなく9年連続で会えてるなんて、そろそろちょっとした奇跡っぽい。そういうちょっとした偶然とか奇跡を、さらりと何事もなく叶えてくれるらへんも、ぼくにとって Fuji Rock が特別なひとつだったりする・・・かもしれない。

 毎回ほんとに道すがらでばったり会って、二言三言交わして、じゃあね。で別れておしまいだけど、次でそれも10周年てことで、そろそろ来年は乾杯くらいしてみようか。いつばったり会っても美味しく乾杯できるように、3日間晴れつづけててくれれば言うことねえな。