クラムボン / フォルクローレ

from al. 『Imagination』 03


 このカテゴリー使うのどんくらいぶりだよ。っつー話。


 えと、クラムボン

 彼らの音楽はデビュー当初から物凄く完成されている印象があって(といっても実はあんまし聴き込んでないから、殆どファースト・インプレッションのみで言ってますけど)なんていうか、完成度の高い純然たるポップスなのは伝わるんだけど、それがいわゆる「(小)綺麗にまとまっちゃって」的なさ。ソツが無さすぎて却って少し取ッ付きにくい、みたいな・・・要は「なんとなく敷居の高い」感覚をぼくは抱えてて正直、手を伸ばしにくかった。

 そんな不完全燃焼感(或いは、パブリック・イメージ。あくまでぼくの中の)を、一聴めから吹き飛ばしてくれたのが最新作「Imagination」。これは相当な傑作じゃないですか、と文脈的に不自然な丁寧語であえて言いますよ。うん、とても良い。


 例えばスーパーカーくるりに代表される、生音重視のギター・ポップから打ち込みを多用したエレクトロニクス路線へのシフト・チェンジが旧来のリスナーの約半数を新たな音世界へ導き、けれど他方、残りの半分を興醒めさせ切り離した一連のムーヴメントは、さすがにそろそろ落ちついてきた感もあれ、未だ遠心の各所で細々と繰り返されているように思う。

 このときうまく「流れ」に乗れた層というのは、おそらくまだ完成されていないものの、移行過渡期の実験精神に多かれ少なかれ「光」を感じれた人たちだと思う・・・というのはぼくの個人的な経験に過ぎないかもしれないけれど、少なくともぼくは「Futurama」とか「The World Is Mine」などのアルバムに、そこに含まれる音だけでなく、何か、その「先」へと連なる可能性(のようなもの)を想像しながら未知への憧れめいた思いで聴いていた、そんな感覚がある。表現が抽象的でわかりにくいかもしれませんが。

 果して「High Vision」や「アンテナ」へ至る過程で、ぼくもまた逆に切り捨てられる側に回ってしまうわけだが、意地の悪い言い方をすれば、彼らの辿りついた「先」は、ぼくの求めていたものと違っていた。


 その個人的な燻りを誰か、他者に代弁してほしいと願うのは傲慢に過ぎるかもしれないけれど、それを承知で言うのなら、あのときぼくの見ていた(見たがっていた)「先」の景色は、つまりこういう色だったんだと今更に思う。エレクトロに重心を移すのでなく、それを消化し、咀嚼したうえで鳴る「次の」音。

 ・・・そろそろ言葉を具体的に戻す必要をぼく自身、性急に感じているんで(笑)そうしますけど「Imagination」の良さを端的に言えば、サウンドが強くてしなやか。ってことなんですよね。先述の2バンドに全てをなすりつけるわけじゃないけど、エレクトロへ移行したグループの、その殆どはかつて彼らの本領であったダイナミズムなり疾走感を失って、頼りなげで脆い、軽い音になっちゃった感がどうしても拭えない。一方「Imagination」の音はがつっとして、芯がきっちり通ってて、強い。ヴォーカルの心地良い浮遊感はそのままに、けれどサラウンドにうまく馴染んでる。軽くない。


 強靭で、かつ柔軟な、上質のポップス。ボニー・ピンク「Even So」について言ったのと通じる部分がありますけど(※ラジオでの発言なのでログは残ってません)手触りのさらっと滑らかな感じじゃなくて、肉感的で生々しさに満ちているところが素晴らしいです。

 アルバム・タイトル「Imagination」も実に秀逸だと思う。強いて難を言えば、あと1〜2曲間引いて45分程度に絞り上げてくれたらもっと良い気もするんですけど、さすがにこれはぼくの好みに寄りすぎた自己中論なんで(笑)無視してください。

 まだ通して2、3回聴いた程度で、あまり安易に「名盤」って形容するのは良くないなぁ。とも思うんですが、でも現時点でこのアルバムはもう、そう呼んじゃって差し支えないんじゃなかろうか、と。そのくらいぼくは思ってますね。傑作です。気が向けば是非聴いてみてください。