狂言メッセージ


 去年の、確か5月だと思う。川崎駅前をふらっと歩いてたとき、後ろから自転車に乗ったオジサンがぼくの横を通り過ぎていった。オジサンは黒いニット帽をかぶっていて、自転車のカゴにはスポーツ新聞が入っていて、その自転車をゆっくり漕ぎながら彼は「ガス! ター、テン!」「ガス! ター、テン!」と西村雅彦口調でずっと連呼していた。そのときは「あ。軽く変な人だ」くらいしか特別ぼくも気に止めなかった。


 1ヵ月後、ぼくは彼と再会する。場所は同じく川崎駅前。その日もぼくが歩いていると、後ろからオジサンが「ガス! ター、テン!」「ガス! ター、テン!」と凛々しく謳い上げながら自転車で通り過ぎていった。やっぱり彼は黒いニット帽をかぶっていて、カゴにはスポーツ新聞が入っていた。ぼくは彼を「ガスタマン」と名づけた。

 すぐに「ガスタマン観察日記」を、ここ「月面」で発表しようと決意した。しかし同日、その直後、女子高生の飛び蹴りという、より鮮烈なヴィジュアル・ショックとぼくは邂逅することになり(id:amn:20040615)そのインパクトがガスタマンをぶっちぎりで上回ったため、ひとまず彼については保留した。今日で2回めだし、どうせ近々3回めもあるだろう。ガスタマンの話はそのときで良い・・・そう思った。


 しかしそれから半年間、川崎駅前を何度ぶらついてもガスタマンは現れなかった。ぼくの一方的かつこのうえなく安易に命名した「ガスタマン」なる呼称が気に食わず、彼は身を引いてしまったのかもしれない。ぼくは女子高生を優先し、彼を蔑ろにしてしまった自分をひどく恥じ、精神を病むほど強く後悔した・・・というのは勿論ウソで、さくっとガスタマンとか忘れてた存在ごと。つっても、たかが変なオヤジじゃないすか。

 さくっと存在ごと忘れてたぼくが、なぜ今こうしてガスタマンの話をしてるのか。と言えば答えは1つで、そう、とうとう今日ぼくは彼と、3回めにして半年ぶりの再会を果したのでした。つくづく神様は運命と言う名の悪戯を好きなようである。


 3回めにして半年ぶりに出会った彼は紛れもなく、かのガスタマンであり、けれど同時に、もはやガスタマンでなくなっていた。例によって黒いニット帽をかぶり、後ろから自転車でぼくを追い抜いていった。しかしガスタマンをガスタマンたらしめる「ガス! ター、テン!」「ガス! ター、テン!」という凛々しい唸りを、彼は捨ててしまっていた。ガスタマン・ソングを捨てた2005年ヴァージョンの彼は、代りに「ハトムギ玄米月見草〜、爽健美茶」「ドクダミラム酒プーアール〜、爽健美茶」と実にマイルドな声で朗らかに歌っていたのだった。


 自転車のカゴの中も、スポーツ新聞でなくヤング・サンデーになっていた。セレクトが微妙すぎる。なぜお前がヤング・サンデーなのか? 漫画ゴラクとかアクション、或いはヤング・マガジンならまだ解せなくもない。だが、よりによってヤング・サンデー。そして歌うは爽健美茶ソング。嗚呼、ガスタマン・・・いつのまにアンタそんな中途半端な洒落っ気に目覚めてしまったんだ! 俺の知らない空白の半年間にいったい何があったんだ! 教えてくれガスタマン! とはいえ教えられても素で迷惑だ!


 この話でいちばんぼくの言いたいのは「ガスタマンに戻ってくれ」や「カム・バック西村」といった回顧主義でも、まして「アンタどっからどう見ても爽やかでも健やかでも美しくもないよ」と彼の現在の方向性に疑問を呈したいのでもない。呈したけどね。まぁでも、彼には彼の変化がある。それを進化と見るか退化と見るかは人それぞれだろう。それよりぼくが1つだけ、彼に伝えれる言葉があるとすれば「2番の真ん中はラム酒じゃない。ハブ茶だ」ということです。ラムが入った時点でそれはすでに茶じゃねぇ。