ジョジョの奇妙な冒険 (3/5)


 「ドラゴンボール」とか「キャプテン翼」の単行本を何冊か持ってはいたけど、異なる作風の漫画が一緒くたに並ぶ「雑誌」ってのを初めて買ったのが冒頭にも書いた87か8年だかのジャンプ。記憶は曖昧だけど「キャプ翼」はもう終ってて「ドラゴンボール」は地球の外で戦ってて「バスタード」は作者がブッ倒れて休載中で、あと他にどういうのがやってたか。とか殆ど覚えてない。確実なのはライン・アップに「こち亀」が並んでいたという事実だけど、それもあくまで記録であって記憶じゃない。ぼくの印象には残ってない。


 そんな磨り減った脳内ログに唯一くっきりと輪郭を残しているのが他ならぬジョジョで、ぼくの初めて買った号でムギー!! だかムギャー!! と叫び狂うイカれた気色悪い人形が、とんがり頭のお兄さんを切り刻むべく襲いかかるシーンを見たときの衝撃を、未だにぼくは反芻できる。あれはマジでビビった。でもって本気で怖かった。で、その号から以降ぼくは毎週ジャンプを買いつづけることになるんだけど、他のはつまんなくても一応全部に目ぇ通してた。

 何しろ小学生の時分だし、今みたく漫画や本やCDとかが部屋じゅう所狭しと並んでたりなんて勿論しない。娯楽への欲求を即座に満たしてくれるアイテムのきわめて少ない状況下で、1冊のジャンプに注がれるぼくの目と時間は比肩なかった。何十回も読み返せば、そりゃ好きな作品のみならず他のあんまし好きじゃないのも読むことになる。ジャンプ放送局とか巻末の作者コメントまで隈なく網羅する奴だった。送りもしないくせに懸賞ページまできちんと見てたもんな(笑)。思い返せばこの時点でぼくの中のオタク性は着実に萌芽してたんだなぁ。って気がする。蛇足。


 で。本題は、そんな中でジョジョにだけは決して門戸を開かなかった。という特殊性だ。これは好き嫌いの問題以前に、読みたくても怖くて読めなかった。何十回も読み返すジャンプの中で、気味の悪い絵と。上辺と下辺が平行でない変な構図と。意味不明の傍点がオン・パレードの19ページ。そこだけがぼくにとっての空白地帯だった。時々意を決してその空白に踏み込もうと勇んでみれば、目のイッちゃったお兄さんがサクランボを舌先に乗っけて「レロレロレロレロレロレロレロレロ・・・」とか弄んでる、8とか9歳のガキにはサイケデリックすぎる地獄絵図がどがーんと展開されてて速攻でまた逃げた。ジョジョという鬼門を放置したまま、ぼくのジャンプ・ライフはしばらくつづいた。放置してる間も承太郎一行は着々と旅を進め、とうとう終着地・カイロへ到達していた。

 きっかけは些細なものだ。いつものようにパラパラと「魔の19ページ」を読み流してたぼくの目が、ふと止まった。不気味な背後霊の憑依者たちが、その背後霊に肉弾戦を強いるのを休め、なぜかトランプで遊んでいる。そして冒頭のページで作者が何か謝っていた。それは対ダービー(兄)戦のポーカーに使われたカードの絵柄を、どっかの会社が「うちの製品の絵だ」っつって怒ったのに対して出された「無許可でしたすいません」的な謝罪文だった。不謹慎を承知で言うけど、当時10歳(たぶん)のぼくにはそれがなんか妙におかしかった。「うわっ作者謝ってるよ」とか「気持ち悪いモン描いてるけどなんか素直でイイ人じゃん?」みたいな(笑)。


 契機はかくも不純ながら、とにかくそれでぼくはジョジョに妙な親近感みたいのを抱いた(んだと今になって思う)。で、読んだ。そんでブッ飛んだ。今までの負の認識がこのダービー戦で反転したのを確かに覚えてる。当時ぼくの家にはジャンプのバック・ナンバーが大量にストックされてて(捨てるの勿体なかったしね)それを遡って読める限りのジョジョを読んだ。その奇妙な世界に(たとえどんなきっかけであれ・笑)一度入れてしまえば、そこから先は簡単だった。あとは興奮や好奇心がオート作動して、恐怖を制御してくれるからだ。

 気がつけばぼくの本棚には20何冊のジョジョが並び、気味の悪い絵は「未だにちょっと不気味だけど、それ以上にカッコイイ絵」と認識をリロードされていた。レロレロレロレロ言ってた頭のおかしいお兄ちゃんが死ぬのを見て自分が涙を流すなんて、ちょっと前まで想像もつかない絵空事が現実になったりもした。驚いた。


 それ以来90年代の10年間、ずっとジョジョを読みつづけた。3部の、しかもダービー戦という最良の入口でぼくを奇妙な世界へ導いてくれたあの会社(名前知らないけど)に改めて感謝しなければならないと思う。結果論だけどさ。けどやっぱ大きいですよ個人的には。とても。

 ぼくは4部がいちばん好きだ。うまいモン食って肩凝りも治って悪人ぽかったシェフが実は良い人だった。という、たったそれだけの他愛ない話が途方もなく好きだ。映画とかゲームとかも含めて、あらゆる勧善懲悪の物語に登場する「悪人」の中で吉良吉影ほど愛しい奴は他にいない。

 跳び箱ん中に隠れてるのがサンジェルマンのサンドイッチのせいでバレそうになったとき「うぉー見つけんなバカ! 気づくな! どっか行け!」って、あれほど敵キャラに感情移入してドキドキしながら必死んなって主人公を煙たく思った経験を、他にどこでできるだろうか? けどその煙たい奴がちょっとした小遣い欲しさにイカサマで漫画家を騙そうとすると「うわぁー見抜くなてめぇおとなしく騙されとけあっち向けぇー!」と今度は、善であるべき主人公の悪行の成就を全力で応援してしまうのだ。変な漫画だ。


 それにしてもこの人の音楽の趣味ってばほんとなんつーか・・・と苦笑せざるをえなかったり、レロレロの変な人がとんがり頭のお兄さんに「ただの反射です。鏡の中の世界なんてありませんよ」と力説してたはずの世界が紛うことなく存在してジョルノたちを追い詰める現実があったりとかするんですけどそれが何か? ってなもんで。そんな些事と引き換えにあの日の衝撃と興奮を手放す覚悟なんていらないし、欲したところできっと一生手に入らない。