A Sleepwalker


 熱帯夜。

 真夜中、ぐっしょり汗に濡れたTシャツの不快さが私の目を覚ます。暑い。死ぬほど喉が渇いている。渇く。眠い。深夜4時。さっき眠りについてからまだ2時間ほどしか経っていない。1日の疲れがまるで取りきれてない。眠い、身体は重い。自然と再び瞼は落ちる。けれど暑くて、喉が渇いて眠れない。眠りたい、と思えば思うほど、性根の腐った熱帯夜が肘でぐりぐりと私の意識をこじ開けてくる。眠れない。


 負けを認めよう。私はタオルケットを剥ぎ、起き上がる、半目を擦りながらリビングへ出る、ぼんやり半覚醒で一服し、冷蔵庫には炭酸の抜けたダイエット・コーラがペットボトルの底辺に申し訳程度に浮いているだけだ。仕方なく私はコンビニへ行く。徒歩15秒の距離にコンビニが(それも2軒も)あるのは、こういうとき大変ありがたい。1分後に私は再びリビングで、今度は傍らに冷えたピルクルを置きながら、2本めの煙草に火をつけることができる。紙パックの表面にぽつぽつと水滴。その冷たさが、今の私を何より安心させてくれる。

 ピルクルを飲む。神の気紛れを疑わずにいれないほど美味い。軽くシャレになってない美味さだ。ごぶごぶ飲む。ストローで悠長に吸ってなどいれるか、と言わんばかりに紙パック直で私は飲んだ。そして生き返る。冷たい甘さの海の中、私は生を実感する。ほとんど一息にパックの半分くらい飲みきり、やっと心が落ちついてきた。ふう。落ちついた私は、吸いかけの2本めを口へ運びながら、甘い幸せに浸りながら、まだかなり輪郭の朧な意識で、ぼんやりと紙パックの成分表示を眺めてみたりする。


 「1日当たりの摂取目安量 : 1日 65ml を目安にお召し上がりになると効果的です。」


 ハゲか! なんだそれは。私は目を疑った。目っていうか、この目安量を設定した人間の良識を疑った。65ml とは何事か。そんな微々たる量で潤しきれるほど渇きの根は浅くない。ていうか、さっき一息に飲み干したぶんだけで軽く 65ml とか超えてる。そりゃそうだろう。この状況で 65ml だけ飲んで残りをセーブするなど、いかに聖人賢者といえど成しえない荒行ではないか。そもそも、ごっつり飲める大容量 500ml 紙パックで切符良く売りだしておきながら「でも効果を実感したいなら1日 65ml でキープしてネ☆」などと臆面なく要求してくる神経がわからない。わけわから・・・ん? や、待てよ、もしかすると。

 そして私は1つの結論へ導かれる。


 ・・・なるほど、これが世に言うツンデレというものか。


 違う。明らかに違う。熱帯夜の朦朧が私を混乱させている。そんなわけがない。暑さと眠さが、私を陽炎めいた謎の結論へ導いてしまった。ツンデレとか言うなバカ! それは別の世界の神話の名前だ。惑わされるな。冷静になれ。落ちついて、ゆっくりと前を見ろ。頭の中で声がする。私は惑わされてはいけない、冷静になるんだ、そして私は、落ちついて、ゆっくり前を見ると


 「1日当たりの摂取目安量 : 1日 65ml を目安にお召し上がりになると効果的です。」


 このハゲ! だからなんなんだそれは。お前こそちょっと冷静になれ。1日 65ml を目安に、って、さらっと言うけど、それはつまり 500ml パックのピルクルを8日間に分けてちびちび飲め、という勘定だ。そうすればとっても効果的ですよ☆ と君は言う。なるほど。確かに、効果はないよりあったほうが良い。ならばちびちび飲むのも悪くないだろう。けれども君はもう1つ、ぼくを同時に喚起する――「摂取上の注意 : 開封後は、賞味期限にかかわらず、できるだけ早めにお飲みください。」


 世界は矛盾に満ちている。矛盾と、悪意と、不条理がいつもぼくらを痛めつける。ぼくらはその痛みに耐え、乗り越え、ときに反撃しながら日々を生きていく。つらくても。孤独でも。苦しいときも。嵐の強く吹きつける日も。熱帯夜の、暑くて寝苦しくて喉が渇いて寝つけない日も・・・そう、ちょうど今日がそんな日だった。ぼくは暑くて寝苦しくて喉が渇いて寝つけないので、コンビニへピルクルを買いに行った。冷たくて甘い。ピルクルうめー。ぼくはごぶごぶピルクルを飲む。とても喉が渇いていたので一瞬で飲みきってしまう。その一瞬の間に、何かどうでもいいことをつらつら考えていたような気もするけれど思いだせない。どうでもいい。ぼくは眠いんだ。空になった紙パックをつぶして捨てる。寝室へ戻って眠る。ぼくは眠る。眠る。